王子の立場ではなく、父として夫として、1人の男として
国際版では違和感がずーっと拭えなかった裁判のシーン。
私は、完全版を見てから、こう解釈したら、納得できたので、考えを整理するためにもまとめてみようと思う。
アマレンドラが見せた初めての怒り
正直に言うと、裁判のシーンではバラーラデーヴァの言い分が正しいのではないか、と思えていた。
アマレンドラは、これまでも怒るタイミングは沢山あった。
伝説誕生で、ビッジャラデーヴァにより兵器や兵士を減らされる。
王の凱旋では、恋女房を連れて帰ってきては「母の命と引き換えに産まれてきた」だの、「お前に母と呼ぶ資格はない」だの散々なことを言われ、挙句に国防長官の職を奪われた。
しかし、そんなことをされても、アマレンドラは怒らない。
彼の不遇を目の前にし、烈火の如く怒ったデーヴァセーナを諌めたりさえした。
しかし、この時ばかりは違ったのである。
王宮の扉を開けて入ってきた彼は、青い炎のような怒気を纏っていた。
それを見た王宮に出仕する者たち、そしてビッジャラデーヴァ、更にバラーラデーヴァも驚きの表情を見せる。
つまり、アマレンドラがこの様な怒り方をしたのを初めて見た、ということなのではないか。
親子の誤解
まず、ビッジャラデーヴァ、バラーラデーヴァはデーヴァセーナという人をまったく分かっていない。
愚鈍の暮らしぶりを伝える内通者は居たのかも知れないが(もしかしたらカッタッパの定期報告だったり…?)、デーヴァセーナが兵士を引き連れ盗賊を退治し、ピンダリに毅然と立ち向かう王女だということを知らなかったのではないだろうか。
私は、寺院での嫌がらせはセートゥパティの独断で行われたとはまったく思えない。
確実にバラー親子が裏で糸を引いていたと考えている。
しかし、セートゥパティのセクハラに対して、まさか指を切り落とすという行動をとるだなんて想像できなかったのではないか。
しかし、そこはバラー親子、アクシデントがあろうとも当初の計画通り進めようとしているように見えた。
本来の計画は、デーヴァセーナに嫌がらせをし、抵抗または拒否したことに因縁をつけ王宮で裁判をする計画なのではないか。
セートゥパティの「王族に対してこのように傍若無人な口の聞き方!」というセリフがまるで用意されたセリフのように感じてしまってならない。
そして、バラー親子は更に見誤ってしまう。
それは、アマレンドラが『変化した』ということに気付かなかったということだ。
我らがウッタッパこと宇多丸さんのラジオに出演したラージャマウリ監督のインタビューをここで引用したい。
(国母シヴァガミの命令で)「捕虜として国に連れて行く」という風に言われたデーヴァセーナは言います。
「あなたは私の心を勝ち取ったけども、私はあなたのために死ぬ用意はできているけども、あなたのために生きるつもりはない」と言います。つまり、「私は自分の主体性や考えを曲げてまで、あなたについていくことはしない」と。
これを聞いてバーフバリはひれ伏すわけですね。本当にこんな自分よりも優れた人がいたということで。
アマレンドラは、あのプロポーズのシーンで、自分よりもずっと気高いデーヴァセーナにひれ伏していたのである。
そして、彼は変わっていく。
もともと伝説誕生では神のような完璧な男だったアマレンドラ。
デーヴァセーナに一目惚れし、愚鈍としてクンタラ王国に住み、神から恋する人間の男に変化しているように見える。
撒かれた沢山の変化の種は、このプロポーズ以降開き、彼を大きく変化させる。
バラーラデーヴァは、25年間共に暮らした弟であるバーフのことは何でも知っている、と思い込んでいた。
しかし、25年間で初めて別れて暮らしたバーフバリは変化していたということに気付けず、この計画のほころびとなり、セートゥパティという重要な部下を喪ってしまうことになる。
バラーラデーヴァはもっとアマレンドラが王座や王宮に拘ると思っていたのではないだろうか。
クンタラへ旅立つ前は確かに好敵手であった筈なのに、実は今のアマレンドラは別の方向、しかも、自分の道義を貫けるならば立場は厭わない、とかなり高みを見ていたのである。
彼は何に怒ったのか
今までアマレンドラがビッジャラデーヴァ、バラーラデーヴァ親子からされた沢山の悪意あることは、全て自分に対してのみ仕向けられたものだった。
初めて自分以外、それも、身重の妻にその悪意が向けられた。
アマレンドラは母を自分の出産で亡くし、完全版を見る限りそれを事あるごとにビッジャラデーヴァに告げられている。
そんな妻、そしてお腹の中にいる子供に向けられた悪意を断ち切るためにアマレンドラは王宮に向かった。
彼は一人の男として、夫として、そして未来の父として怒ったのだ。
と、私は思います。